上記の参考文献のほかに京都の風俗博物館で展示を見せていただいたり お話を伺いましたので、こちらに掲載させて頂きます 今回うかがったのは2度目ですが、一度目は十二単を作り始めた本当に初期でした 縫い方の本には「あがちの」がついている 他の参考書物ではその絵や写真は載っていない、どうなんだろう? ひとえの袖や裳の「ひねり」ってなんだろう? 疑問いっぱいでうかがった風俗博物館は土曜日で、観光客が多く 試着できるコーナーで、試着をして展示してある等身大人形との写真撮影に 人気が集中して、本物をゆっくり拝見することはできませんでした 近づけば写真撮影の邪魔になってしまいますからね 今回の目的は、布袴(ほうこ)の指貫が狩衣のものと同じものかたずねること 他にもたくさん疑問はあったのですが・・・・・・(2006/10/2) |
![]() 展示のところにはなかったのですが、わざわざ出して見せてくださいました こちらは試着しやすいようにと、裾で括らずに紐でつるすようになっていました いわゆる「引上式」ですね 他にも、くるぶしで括る「下括(げくくり)」と膝下で括る「上括(しょうくくり)」などがあるようです |
![]() 次にお尋ねしたのが、「はこえ」(格袋)のこと こちらも展示ではわかりにくいだろうと、実物の四分の一物を出して見せてくださいました 後ろ側から見ています 肩山でもつと首紙のところはすべて後ろ身頃に来ています ![]() こちらは束帯の袍だそうです、格袋(かくぶくろ)は内側についています ここを折り上げて脇のところで三角にたたんで、○○で留めます と教えて頂きました。○○は石帯だったか平緒だったか? 人形用はずれたら落ちる危険性アリ、「はこえ」は なしにしようと思ったものです(笑) ![]() こちらは、直衣(のうし)の袍(ほう)だそうです 格袋は外についていて紐も付いているんですね |
![]() 前回うかがったときは細長の衣装を着た等身大のお人形が展示中だったのですが 今回はなくて、あつかましくこちらもうかがってしまいました 「唐衣を長く伸ばしたらいいのでしょうか?」 「唐衣より細いんじゃないかしら?出してみましょうか?」 というわけで並べて頂きましたら、唐衣よりやや広めということが判明(というのは身頃のこと) それと後ろ身頃がどのあたりから二つに割れているか?という疑問も解消です この唐衣は髪置きのないタイプで古い時代のものになるそうです ついでにと前回(もう4年くらいまえ)疑問だった「あがちの」の付いた「裳」のことも そちらも古いタイプとの事で 唐衣を髪置きつきのもので作っているのなら、裳は「あがちの」のないもので作られたらいいでしょう ということでした・・・・・そうしてます よかった! |
最近は十二単はお休みして、男の子の狩衣を作ったり、布袴を作るために 指貫や、袍(ほう)のことを知りたいと思っていたところです 今回の展示は、男性用の衣装がたくさん展示されていて、なんとラッキーなことと思ってしまいました 撮影可なのでたくさん写真を撮らせて頂きました |
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![]() 唐衣、裳をつけない姿の展示が多くあり「小褂(こうちき)すがたですか?」と尋ねると「うちきです」との答え 「小褂は、中陪(なかべ)がありもっと短いです」 ここにかかっている、白いのがそうです、かなり短いですね 四分の一サイズですが、ちゃんとおめりも中陪(なかべ)もあるのです じつに精巧に作られています その後、小褂は時代とともに大きくなっていくので私が作っている小褂は、もっと大きな設定です |
七夕「源氏物語」「幻」より 〜在りし日の紫の上と源氏〜 ![]() このとき、源氏は指貫をはいているようです 裾を括ってありますから そしてどう見ても、足は袴の中に入れているよう ![]() 以前の十二単製作日記の中でも書きましたが、指貫の袴のときは原則としてしとうずをはくことがなく、素足を正式としました 『枕草子』で清少納言は「指貫」などともっともらしい名前をつけないで、「足の衣」とか「足の袋」とかとでも言ったらどうでしょう といってるそうです。指貫袴を紐で括ったまま、その袴に足を入れて足首を出さずに歩いたり座ったりしていたことを物語っています(十二単の話より) その状態なのでしょうか? 資料によりますと、このときの紫の上の衣装は「小褂姿」(小褂・表着・単) 源氏の衣装は「烏帽直衣姿」(直衣・衵・指貫) |